MANHATTAN NORTH - INWOOD
インウッドはW. 200th StとW. 220th Stの間、マンハッタンの最北端に位置する閑静な住宅街。196エーカーのインウッド・ヒル・パークなどを擁し、その豊かな自然の中にインディアン居住区の名残が感じられるエリア。ドミニカ系移民の一大コミュニティがある。ブロードウェイの西側に優良コープがあるが、市場に出回るのは稀である。
MANHATTAN NORTH - FORT GEORGE
フォート・ジョージとワシントンハイツは、北はDyckman Stから南はW. 155th Stまでの間、ハドャ刀Eリバーとハーレム・リバーに挟まれたエリア。かつてはデューク・エリントンなどが住んでいたことでも知られるこの地区は、歴史的建造物が多くあり、ハイ・ブリッジ・パークなど公園もいくつかあり、またエクスプレスでミッドタウンまで15分という便利さから、近年は芸術家、歌手、ブロードウェイ俳優などが好んでこの辺りに住んでいる。この地区のアパートは、ダウンタウンなどの物件よりも広々としている割に、家賃・価格が控えめなのが特徴。
MANHATTAN NORTH - WASHINGTON HEIGHTS
フォート・ジョージとワシントンハイツは、北はDyckman Stから南はW. 155th Stまでの間、ハドャ刀Eリバーとハーレム・リバーに挟まれたエリア。かつてはデューク・エリントンなどが住んでいたことでも知られるこの地区は、歴史的建造物が多くあり、ハイ・ブリッジ・パークなど公園もいくつかあり、またエクスプレスでミッドタウンまで15分という便利さから、近年は芸術家、歌手、ブロードウェイ俳優などが好んでこの辺りに住んでいる。この地区のアパートは、ダウンタウンなどの物件よりも広々としている割に、家賃・価格が控えめなのが特徴。
MANHATTAN NORTH - SUGAR HILL
ジャズのスタンダードナンバー“A列車で行こう”に歌われたシュガー・ヒルは、ニューヨーク市立大学キャンパスの北に位置する。住人はアフリカ系アメリカンとラテン系アメリカンの中流家庭が多い。地下鉄はA、B、C、Dの145 St。
MANHATTAN NORTH - HAMILTON HEIGHTS
ハミルトン・ハイツはマンハッタンビルの上部に位置し、北はW. 155th Stまで、St. Nicholas ParkとJackie Robinson Parkの西側のエリア。地名は19世紀に土地を所有していたアレクサンダー・ハミルトンに由来し、当時のハミルトン邸や教会、その他歴史的建造物が数多く残っている。アパートや家は1904年の地下鉄建設時に作られたものが多い。St. Nicholas Park JackieとRobinson Parkは警官による見回りがされていないため、近づかないほうがよい。
MANHATTAN NORTH - MANHATTANVILLE
マンハッタンビルは、W. 125th StからW. 130th Stの間、アムステルダム・アベニュー西側の一角。かつては、ニュージャージ州フォート・リー行きのフェリー発着所への路面電車が走っていた。今も19世紀の産業発展期の面影を残す地区である。
MANHATTAN NORTH - HARLEM
ハーレムは、5th AvenueとSt. Nicholas Avenueの間、W. 110 Stからハーレム・リバーまでのエリア。20世紀初めは、ロウワー・イーストサイドに次いで、ニューヨークで二番目に大きなユダヤ系アメリカンのコミュニティであったが、1920年代にアフリカ系アメリカンがロウワー・マンハッタンでの迫害を逃れて移住したのを機に、全米各地から新天地を求める同様の人々が集まり、以後アフリカン・アメリカン・コミュニティの文化的中心を担ってきた。近年は、スターバックス、バーンズ&ノーブルなどチェーンストアが多数進出し、さらにクリントン前大統領が新たにオフィスを高ヲたことなどにより、急激に変革を遂げており、一部に白人層などが移り住む傾向が見られる。
MANHATTAN NORTH - MORNINGSIDE HEIGHTS
モーニングサイド・ハイツは、W. 110 St からW. 125 Stの、モーニングサイド・パークとハドャ刀Eリバーに囲まれた小高い丘に位置し、様々な建築様式の歴史的建造物やコロンビア大学のキャンパスがある。店舗やレストランも多く、居住エリアとして人気があるため、近年は家賃が上昇傾向にある。モーニングサイド・パークは、警官による見回りがされていないため、近づかないほうがよい。
MANHATTAN NORTH - EAST HARLEM
イースト・ハーレム、スパニッシュ・ハーレムは、E. 96th StとE. 142nd St の間、パーク・アベニューから東のエリア。ヒスパニックとアフリカ系アメリカンの住人が多いが、様々な文化がミックスされており、各国料理をリーズナブルに楽しむことができる。近年は大型ショッピング・センターや映画館がオープンし、今後再開発が進むにつれて、家賃の上昇が卵zされる。
MANHATTAN NORTH - SPANISH HARLEM
イースト・ハーレム、スパニッシュ・ハーレムは、E. 96th StとE. 142nd St の間、パーク・アベニューから東のエリア。ヒスパニックとアフリカ系アメリカンの住人が多いが、様々な文化がミックスされており、各国料理をリーズナブルに楽しむことができる。近年は大型ショッピング・センターや映画館がオープンし、今後再開発が進むにつれて、家賃の上昇が予想される。
UPPEREASTSIDE - YORKVILLE/GRACIE SQUARE
ヨークビル・グレイシー・スクエアは、レキシントン・アベニューのE. 77th StからE. 96th Stの辺りの閑静な住宅街である。かつて、ドイツ系やハンガリー系の人が多く住んでいたため、ドイツおよびハンガリー風レストランやベーカリーが残っている。ニューヨーク市長公館“グレイシー・マンション”がある。
UPPEREASTSIDE - CARNEGIE HILL
カーネギー・ヒルおよびメトロポリタン美術館周辺地区は、E. 79th StとE. 96th Stの間、5th Avenueからパーク・アベニューまでのエリア。美術館や学校、優れた建築様式のビルや大きなアパートが多数ある。中には美しい芝生を持つ建物も多く、さながら都会のオアシスといった感じ。交通の便も良く、セントラルパークにも近い。マンハッタンで最も洗練された居住エリアの1つである。
UPPEREASTSIDE - METROPOLITAN MUSEUM VICINITY
カーネギー・ヒルおよびメトロポリタン美術館周辺地区は、E. 79th StとE. 96th Stの間、5th Avenueからパーク・アベニューまでのエリア。美術館や学校、優れた建築様式のビルや大きなアパートが多数ある。中には美しい芝生を持つ建物も多く、さながら都会のオアシスといった感じ。交通の便も良く、セントラルパークにも近い。マンハッタンで最も洗練された居住エリアの1つである。
UPPEREASTSIDE - EAST OF EDEN
E. 59th StとE. 71st Stの間、3rd Avenueから東のエリア。医療関係の施設が多いことから、別名“ホスピタル街”。
UPPEREASTSIDE - GOLD COAST
E. 59th StとE. 78th Stの間、3rd Avenueと5th Avenueの間。学校、各国国連大使公館、美術館などが並び、歴史的建造物もたくさんある。レストランやブティックも多く、地下鉄の便もよい。
UPPERWESTSIDE - WEST SIDE URBAN RENEWAL AREA/MANHATTAN VALLE
W. 89th St辺りからW. 110th Stまでのセントラルパークの西側、アムステルダム・アベニューまでのエリア。W. 100th Stからハーレムの入り口へと伸びるマンハッタン・アベニューが、Cathedral Parkwayから急降下するため、その辺り一帯は“マンハッタン・バレー”と呼ばれている。50年代には4万人が住む人口過密地帯であったW. 89th StからW. 100th Stのエリアは、一時住人の大量流出などによりさびれたが、近年、各所得者層住み分け方式による再開発が行われ、現在コロンバス・アベニュー周辺には高層ビルが立ち並んでいる。
UPPERWESTSIDE - CENTRAL PARK WEST (NORTH)
セントラルパーク・ウェスト(North & South)はW. 61st StからW. 97th Stまで、セントラルパーク西側からコロンバス・アベニューの間。第二次世界大戦後に居住エリアとなった。W. 77th StからW. 81st Stにかけて、アメリカ自然史博物館とヘイデン・プラネタリウムがある。エリア名どおりセントラルパークに歩いて行けるため、人気のエリアである。
UPPERWESTSIDE - BROADWAY & ENVIRONS NORTH
BROADWAY & ENVIRONS(North & South)はW. 70th StからW. 110th Stの間、コロンバス・アベニューとブロードウェイの間のエリア。ブロードウェイ大通りが開通した1703年当初、道幅はわずか10メートルだった。コロンバス・アベニューやアムステルダム・アベニュー沿いはレストランやカフェが数多く並び、ブロードウェイ沿いには趣のあるアパートやホテルが並ぶ。
UPPERWESTSIDE - RIVERSIDE DRIVE NORTH
RIVERSIDE DRIVE(North & South)はW. 64th StからW. 110th Stの間、ブロードウェイの西側エリア。戦前築のブラウンストーンや趣のあるアパートが立ち並ぶ。ハドャ盗?ノ面したアパートからは、リバーサイド・パークやハドャ盗?ノ沈む夕日など、すばらしい景観が楽しめる。リバーサイド・パークは犬の散歩や友人同士のおしゃべりに最適。
UPPERWESTSIDE - CENTRAL PARK WEST (SOUTH)
セントラルパーク・ウェスト(North & South)はW. 61st StからW. 97th Stまで、セントラルパーク西側からコロンバス・アベニューの間。第二次世界大戦後に居住エリアとなった。W. 77th StからW. 81st Stにかけて、アメリカ自然史博物館とヘイデン・プラネタリウムがある。店舗やレストランはそう多くないが、地下鉄の便がよく、エリア名の通りセントラルパークに歩いて行けるため、人気のエリアである。
UPPERWESTSIDE - LINCOLN CENTER
W. 60th StからW. 71st Stの間、ブロードウェイとウェストエンド・アベニューに挟まれる辺り。ミッドタウンからアッパー・ウェストへの玄関口。コンサート・ホールや劇場のあるリンカーン・センター(総面積12エーカー)やリンカーン・タワー・アパート、フォーダム大学のキャンパスなどがあり、そのアカデミックな雰囲気と交通面の便利さから人気が高く、家賃は高い。
UPPERWESTSIDE - BROADWAY & ENVIRONS SOUTH
BROADWAY & ENVIRONS(North & South)はW. 70th StからW. 110th Stの間、コロンバス・アベニューとブロードウェイの間のエリア。ブロードウェイ大通りが開通した1703年当初、道幅はわずか10メートルだった。コロンバス・アベニューやアムステルダム・アベニュー沿いはレストランやカフェが数多く並び、ブロードウェイ沿いには趣のあるアパートやホテルが並ぶ。
UPPERWESTSIDE - RIVERSIDE DRIVE SOUTH
RIVERSIDE DRIVE(North & South)はW. 64th StからW. 110th Stの間、ブロードウェイの西側エリア。戦前築のブラウンストーンや趣のあるアパートが立ち並ぶ地区。ハドャ盗?ノ面したアパートからは、リバーサイド・パークやハドャ盗?ノ沈む夕日など、すばらしい景観が楽しめる。リバーサイド・パークは犬の散歩や友人同士のおしゃべりに最適。
MIDTOWN EAST - SUTTON PLACE
サットン・プレイスはE. 53rd StとE. 59th Stの間、1st Avenueの東側。ビークマン・プレイスと並び、ニューヨーカーが住みたい地区ナンバーワンの高級住宅街。サットン・プレイスのランドマーク的ビル“ワン・サットン・プレイス・サウス”は新ジョージ王朝風の由緒ある建物で、もともとは国連事務総長公館として建てられたものである。
MIDTOWN EAST - UNITED NATIONS /TURTLE BAY/BEEKMAN PLACE
E. 42 StからE. 59 Stまでの3rd Avenueから東側のエリア。国連本部の他、国連各国政府代表部や外交官が、オフィスや住居を構える街区。治安がよく、日本食スーパーなどもあるため、ミッドタウンのオフィス街などで働く日本人が住みやすいエリアである。
MIDTOWN EAST - 5TH AVENUE ENVIRONS
E. 46th StからE. 59th Stまで、6th Avenueとマジソン・アベニューの間。ファッショナブルな店やレストラン、高級デパート、美術館などが集中しているエリア。また、5th Avenue&E. 51st Stにはアメリカ最大のローマン・カソリック教会である聖パトリック大聖堂がある。
MIDTOWN WEST - THEATER DISTRICT
30以上もの劇場が立ち並ぶシアター・ディストリクトおよびタイムズ・スクエア近辺は、アパートはそう多くないが、商業ビルを居住スペースへ改造しようとする動きがある。8th Avenueと9th Avenueの間のW. 46th St界隈はレストランが立ち並び、その辺りに住む醍醐味の1つとなっている。
MIDTOWN WEST - ROCKEFELLER CENTER
W. 48th StからW. 52nd St、5th Avenueとアベニュー・オブ・アメリカの間にある、19棟のアール・デコ調高層ビル群。その中心の70階建てのGEビルの足元にあるチャネルガーデンでは様々なイベントが催され、冬はクリスマスツリーとスケートリンクが、夏にはオープンエアでの食事が楽しめる。その他、ラジオ・シティ・ミュージック・ホールやNBCスタジオなどがある。
MIDTOWN WEST - TIMES SQUARE
30以上もの劇場が立ち並ぶシアター・ディストリクトおよびタイムズ・スクエア近辺は、アパートはそう多くないが、商業ビルを居住スペースへ改造しようとする動きがある。8th Avenueと9th Avenueの間の46th St界隈はレストランが立ち並び、その辺りに住む醍醐味の1つとなっている。
MIDTOWN WEST - CLINTON
クリントンおよびヘルズ・キッチンは、W. 34th StからW. 59th Stまでの8th Avenue辺りから西側のエリア。かつては倉庫やとさつ場、工場などと並んで低所得者層の家が多かったが、現在では高層アパートが建ち、ビジネス街やショッピング・エリア、劇場街にも近いことから、地下鉄の便はさほど良くないが、人気が広まりつつある。
MIDTOWN WEST - FASHION DISTRICT
W. 30th StとW. 39th Stの間、6th Avenueの西側の地区では、かつて多くの移民が裁縫に従事していたため、現在もアパレル関係のオフィスや、洋裁店、手芸洋品店などが多い。他の地区のビジネスがこの地区に移ってくるにつれ、コンドミニアムの数が増加した。
MIDTOWN WEST - KOREA TOWN
5th、6th Avenueを中心に、28th Stから32nd Stの辺り。韓国料理レストランなど、ハングル語の看板が立ち並ぶ。
MIDTOWN WEST - FLOWER MARKET
W. 26th StからW. 28th Stのあたりの6th Avenue近辺。文字通り、植木や花のマーケットがある。週末にはアンティークや古着などのフリーマーケットが開催される。
MIDTOWN WEST - HELL'S KITCHEN
クリントンおよびヘルズ・キッチンは、W. 34th StからW. 59th Stまでの8th Avenue辺りから西側のエリア。かつては倉庫やとさつ場、工場などと並んで低所得者層の家が多かったが、現在では高層アパートが建ち、ビジネス街やショッピング・エリア、劇場街にも近いことから、地下鉄の便はさほど良くないが、人気が広まりつつある。
MIDTOWN WEST - FLATIRON
E. 22nd Stと5th Avenueの角にあるフラットアイアン・ビルの周辺エリア。1902年建設当時、フラットアイアン・ビルは世界一高い建物であった。
MIDTOWN WEST - CHELSEA
14th Stと30th Stの間、6th Avenueの西。かつては倉庫街で、ギリシャ系、アイルランド系、ドイツ系の人々が多く住んでいた。その当時の面影を残すチェルシー・ホテルは、建築当時はチェルシー・アパートというコープであった。現在は、芸術家やゲイのコミュニティと政府関連機関の付属施設などが混在し、レストランや、パブなどのナイトライフが充実する街となっている。近年、ロフトやブラウンストーン、タウンハウスなどが次々とコンドミニアムや賃貸ビルに変身し、注目を集めている。ミッド・マンハッタンとウェスト・ビレッジの間にあるため、ショッピング等にも便利で、交通の便も良く、人気のエリアである。
DOWNTOWN - EAST VILLAGE
E. 14th StからE. Houston Stの間、3rd AvenueおよびBowery Avenueの東のエリア。イースト・ビレッジの名前の由来は、60年代に家賃等が多少高いグリニッジ・ビレッジから、ヒッピーがこのエリアへ移住してきたことにあり、ボヘミアン風の雰囲気が漂う街である。音楽や芸術関係の店舗が多くある。Avenue AからDのあたりは、“アルファベット・シティ”とも呼ばれ、Avenue AとBの間、E. 7th StとE 10th Stの間にはトンプキン・スクエア・パークがある。 日本食レストランや日本人経営のセレクトショップなどが集中。
リトルジャパンのようでもある。
DOWNTOWN - ASTOR PLACE & ENVIRONS
ASTOR PLACE & ENVIRONSは、E. 14th StとE. 8th Stの間、3rd AvenueとBroadwayに囲まれたエリア。地名は19世紀に毛皮ビジネスで財をなした、ドイツ系移民のジョン・ジェイコブ・アスターに由来する。店舗やレストラン、劇場などが多く、なかでもスタイリッシュなヘアカットを、低料金ですばやく仕上げる“アスター・プレイス・ヘアー・デザイナーズ”は有名。また、Lafayette Stの広場にある大きな黒い立方体のオブジェは、近くの劇場へ行く人々の待ち合わせなどに使われる。
DOWNTOWN - NOHO
NOHOは“North of Houston Street”の略で、E. 8th StとE. Houston Stの間、Bowery AvenueとLafayette Stに囲まれたエリア。1830年代に富裕層が当時の最新スタイルの住居を建てはじめ、1850年代までには印刷業やエンターテインメントなど、様々なビジネスがこのエリアに参入した。現在のNOHOは、流行のブティックやレストラン、アンティーク・ショップ、また、著名人が多く住んでいることでも知られる。住居はゆったりとしたスペースのロフトが多い。
DOWNTOWN - GREENWICH VILLAGE
グリニッジ・ビレッジはW. Houston St.と14th Stの間、ブロードウェイの西側。かつてエドガー・アラン・ポーやオー・ヘンリー、マーク・トウェイン、ノーマン・ロックウェルなどが住んだことで知られる。19世紀に建てられたアパートやタウンハウスが入り組んだ通りに面して並び、ワシントン・スクエアの他にも、いたるところに小さな公園がある。ヨーロッパスタイルのカフェやレストラン、シックなブティック、劇場、書店、バーなどが多い。
DOWNTOWN - MEAT MARKET
14th St とW. 12th Stの間、9th Avenueの西側。かつては生肉市場、生肉加工場などがひしめいていた地域であったが、現在はデザイナーショップなどファッショナブルな店舗や、流行のナイトクラブなどが並ぶエリアとなっている。近年のエリアの変遷に伴い、ちょっとしたホテルの建設ラッシュが起こっており、今後が注目されている。住居はスペースの広いロフトが多いのが特徴だが、人気があるため家賃は高い。
DOWNTOWN - WEST VILLAGE
Leroy StからLittle W 12th St、Avenue of the Americaの西側。19世紀初期に建てられた美しいブラウンストーンや、歴史的建造物が数多く残り、落ち着いた雰囲気の街。住居はタウンハウス、コンドミニアムなど様々だが、人気が高いため、家賃は高い。
DOWNTOWN - LOWER EAST SIDE
E. Houston StからFulton Stまでの、Bowerの東側エリア。19世紀終わり、宗教上の迫害と貧困を逃れて、イタリア人や中国人、ユダヤ人らがこの地に移り住んだ。女性や子供は縫製工場、男性は葉巻工場などで、ひどい労働条件下で働いていたが、1900年と1910年のストライキにより、状況は徐々に改善されていった。 Orchard Stの“Tenement Museum”では、当時のこの地域の人々の生活の様子を見ることができる。現在はヒスパニック、インド系、アジア系を中心に、様々な人種が住んでおり、様々な文化がモザイクのように交じり合っている。また、住人にはアーティストやミュージシャンも多く、天気のよい日には、川縁で絵を書く人や、楽器を演奏する人が見られる。“God Bless America”を作曲したIrving Berlinや、ロバート・デニーロなどは、ここの出身である。住居は、一般的に部屋が狭く、あまりコンディションのよくないものが多いため、家賃はマンハッタンの他のエリアに比べると控えめ。レストランや娯楽、ショッピングには事欠かない。
DOWNTOWN - BOWERY
E. Houston StからCanal Stまでの、Bowery近辺のエリア。かつては浮浪者が多く、どや街のようであったが、厨房備品や照明器具の流通の中心地となっている。
DOWNTOWN - LITTLE ITALY
E. Houston St、Broadway、Mulberry St、Canal Stに囲まれたエリア。19世紀中ごろにイタリア移民がこの地域に一大コミュニティを作ったが、いまではMulberry StとGrand Stの交差点あたりに当時をしのばせるレストランなどが集約されている。Prince St以北のノリータ(North of Little Italy)と呼ばれる地域は、ヨーロッパ風ベーカリーやレストラン、その他のスタイリッシュな店舗が家賃の高いメ[ホーから流出してきたため、俳優、モデル、芸術家などの住む、流行に敏感な地域になっている。
DOWNTOWN - SOHO
メ[ホーは“South of Houston”の略で、Houston StとCanal St の間、ブロードウェイの西側。かつては倉庫街であり、アーティストやデザイナーなどが作業場と住居を兼ねて、倉庫を改造したロフトに住むようになったことから、メ[ホーは芸術のメッカとなった。現在はアート・ギャラリーの他、レストラン、デザイナーズ・ブティック、美術館の支部等がある。メ[ホーのビルは6階建ての“キャスト・アイアン”と呼ばれる、19世紀に建てられた鋳鉄製のものが多く、天井が高く、大きい一枚ガラスの窓が特徴。文化芸術の香り高い地域性が人気を呼び、家賃がつり上がったため、現在は著名人や企業のエグゼクティブなども多く住むようになった。
DOWNTOWN - CHINA TOWN
東西はAllen Stとブロードウェイ、南北はKenmare & Delancey StとEast Broadway and Worth Stに囲まれたエリアは、アメリカ一大きなチャイナタウンである。多数の中華料理店、マーケット、露店などがひしめいている他、孔子の像やMuseum of Chinese in the Americasなどがある。
DOWNTOWN - TRIBECA
トライベッカとはTriangle Below Canalの略で、Canal StからChambers Stあたりまでの、ブロードウェイの西側のエリア。かつては倉庫街で、メ[ホーなどと同様、アーティストやデザイナーなどが作業場と住居を兼ねて、倉庫を改造したロフトに住むようになった。第二のメ[ホーとして目をつけた裕福なニューヨーカーが、レストランなどをオープンさせたことにより、瞬く間にトレンディ・スポットとなった。ロバート・デニーロはこのエリアのレストランのオーナーであり、自らもここに住んでいる。他にハーベイ・カイテル、また故ジョン・ケネディJr.もここに住んでいた。レストランやブティックだけでなく、優秀な学校もある。住宅は、戦前築の高層工場ビルや、戦後築の高級コンドミニアム、新築の高層マンション群など様々であるが、作りの広いものが多く、家賃は高い。
DOWNTOWN - CIVIC CENTER
Canal StとVesey & Fulton Stの間、Park Rowの西側あたりのエリア。シティ・ホールや郡庁舎、政府関連オフィス、高層コンドミニアム、商業倉庫などが混在し、様々な人種が住んでいる。歴史的建造物も数多くある。
DOWNTOWN - BATTERY PARK CITY
Chambers Stの北、West Stの西側エリア。1976年に完成した92エーカーの埋立地には、他の地区にあるようなブラウンストーンの古い建物等はなく、すべてが近代的な高層ビルである。そのほとんどがウォール街で働く人々の家族向け物件で、ジム、レストラン、インドアのテニスコートやラケットボール・コートなどが整ったものが多い。他の地区から多少離れているため、バッテリー・パークのライフ・スタイルは、一種独特の郊外型のものとなっており、スーパーマーケットなどのあるショッピング・エリアが完備されている。また、バッテリー・パークやその他のハドャ盗??「の公園からの眺めは抜群である。
DOWNTOWN - FINANCIAL DISTRICT
Fulton Stの北、West Stの東側のエリア。ウォール街の入り口に建つ1846年築のトリニティ教会、ニューヨーク証券取引場、ジョージ・ワシントンの大統領就任式が行われたフェデラル・ホールなどがある。このエリアのほとんどのビルは高層オフィスビルで、平日はオフィスで働く人々で賑わうが、週末はひっそりとする。そのため、レストランなどは平日午後6時に閉店し、週末は休業するところが多い。住居は、タウンハウスや階段式アパートなどは皆無で、フルサービスの高層アパートが多く、高価である。
QUEENS
Astoria
イースト・リバー、Brooklyn-Queens Expressway、Northern Boulevardに囲まれたエリア。19世紀にはピアノ・メーカーのSteinwaysの工場があり、GAPなどチェーン・ストアやカフェ等が立ち並ぶ Steinway Streetにその名を残している。また、セサミストリート等、数々のTVシリーズや映画が撮影された“Kaufman Astoria Studio”も、かつてこの地域にあった。目をひく高層ビルはないが、マンハッタンに近く、庶民的で家賃もまずまずなため、人気のエリア。ギリシャ系をはじめ、コロンビア、メキシコ、ブラジル、バングラディシュ、インド、アイルランド、中国等々、ありとあらゆる民族が住んでおり、各国食材やエスニック・レストランには事欠かない。地下鉄N、Wラインでマンハッタンまで約20分。
Bayside
ベイサイドはクイーンズの北東の端に位置するエリア。もとは比較的裕福な白人コミュニティであったが、他エリア同様、現在は多民族が混ざり合って生活している。メインストリートの1つであるBell Boulevard沿いには、日本、韓国、中華など各国レストランやアイリッシュ・パブ等が並ぶ。家賃は比較的控えめ。 ロングアイランド鉄道でマンハッタンまで約50分。
Cambria Heights
クイーンズの東端に位置する住宅街。20世紀に入るまでは野菜畑であった。住人はアフリカ系アメリカンが多く、コミュニティの結びつきが強い。メインストリートはHillside Avenueで、生活必需品はその辺りの店舗で一通り揃う。地下鉄が通っていないため、マンハッタンへのアクセスはあまりよくない。
Corona
コロナはクイーンズのほぼ中央に位置する。スコット・フィッツジェラルドの“華麗なるギャッツビー”に出てくる“灰の谷”はコロナにあった“灰捨て場”のことで、現在はフラッシング・メドウ/コロナ・パークになっている。また、ルイ・アームストロングが住んでいた家は、現在博物館となって公開されている。現在、コロナの住人はアジア系が最も多く、その他にもインド、ギリシャ、中東系、ラテン系など、さまざまな民族がミックスしている。住宅は、大きな中級所得者層向けアパート・コンプレックスの他は、ほとんどが似通った赤レンガのテラスハウスである。地下鉄7ラインでマンハッタンまでは約30分。
Elmhurst
クイーンズの中でもマンハッタン寄りのエルムハーストは、マンハッタンへのアクセスが良い。住人はアジア系、ラテンアメリカ系を中心に、ニューヨークで最も多種多様な民族が住んでいる地域の1つと言われている。そのため、数多くあるエスニック・レストランでは、マンハッタンよりもより本物に近い各国料理が安く食べられる。このエリアの住宅は平屋もしくは二階建て、または低層の階段(エレベーターなし)アパートがほとんど。地下鉄7、R、G、Vラインでマンハッタンまで約30分。
Flushing
ニューヨーク・メッツの本拠地シェイ・スタジアムのあるフラッシング・メドウズ-コロナ・パークの東に位置するエリア。20世紀に入るまでは果樹園や苗木畑が広がる、のどかなエリアであったが、クイーンズボロー・ブリッジの完成によりマンハッタン通勤圏となり、人口が増大した。大規模なアジア系コミュニティがあり、アジア系レストランがたくさんある。地下鉄7ラインでマンハッタンまで約15分。
Forest Hills
フォレスト・ヒルズはクイーンズのほぼ中央、フラッシング・メドーズ・パークとフォレスト・パークの間に位置する。20世紀に入ってから、それまで農地であった一帯が、セントラル・パークをデザインしたFredrick Law Olmsteadの手により、閑静で緑の多い、魅力的な高級住宅地に変身した。今日でも“高級な郊外”のイメージは引き継がれており、このエリアの住宅のほとんどは、ネオ・チューダー式やコロニアル風の庭付きの邸宅や、高級アパートである。目抜き通りのAustin Streetには、各国料理レストラン、映画館、スポーツクラブ、書店、その他あらゆるショッピング・ニーズを満たす店舗が揃っている。マンハッタンまでは地下鉄E、F、G、R、Vラインで約20~30分、ロングアイランド鉄道では約15分と、交通の便が良いのも魅力。
Fresh Meadows
クイーンズの東に位置するフレッシュ・メドウズは、Long Island ExpresswayとUnion Turnpike、Cunningham Parkに囲まれたエリア。1950年代にモデル・コミュニティとして都市計画されたため、生活を便利にする工夫が施されている。アパート・コンプレックスには3つのショッピングセンターが隣接し、買い物はそこで全て済ませることができるようになっている。付近には様々な娯楽施設やレストランもある。また、緑豊かなKissena Parkではゴルフ、テニス、ボート遊び等ができる。ただし地下鉄が通っていなく、交通の便があまり良くないため、車は必需品。
Howard Beach
ジャマイカ・ベイに面するハワード・ビーチは、ロウワー・イースト・サイドから移ってきたイタリア移民が最初に住み始め、漁業で生計を立てていた。現在もイタリア系アメリカ人が多く住み、地域の結びつきは非常に強い。このエリアの住宅は、平屋や2階建ての家がほとんどだが、1980年代には湾岸に大型高級 CondoとCo-opが建った。JFK空港が近いため、騒音は相当なものであるが、海辺の景色は穏やかで、“ドーソンズ・クリーク”のTVセットから抜け出てきたように美しい。地下鉄Aラインでマンハッタンまで約80分。
Jackson Heights
ラガーディア空港にほど近いジャクソン・ハイツは、20世紀に入るまでは、とうもろこし畑であった。1916年頃より庭・暖炉付きの天井の高いアパートが建てられるようになり、新しいコミュニティができはじめた。チャーリー・チャップリンや、ゲーム“スクラブル”の発明者アルフレッド・バッツ氏などが、かつてこの地域に住んでいた。数十年もの間、亡命希望者たちの避難所であり続けた歴史を受け、現在もさまざまな人種が住んでいるが、近年ではインド、パキスタン等、南アジアからの移民の増加が著しい。ジャクソン・ハイツのランドマークの1つである“The Jackson Diner”には、安くて美味しい南インド料理を求めて、ニューヨーク中から食通がやってくる。ラガーディア空港の騒音との引き換えではあるが、家賃はリーズナブル。地下鉄7、E、F、G、N、Rでマンハッタンまで約30分。
Jamaica
ロング・アイランドとニューヨークの重要なつなぎ役であったジャマイカは、もとは農業や畜産業がさかんな地域であったが、1913年の高架鉄道の開通によりクイーンズの商業の中心地となった。しかし地下鉄の建設やショッピングモールの台頭により、急激に廃れていった。近年、Center for the Arts and Learningやヨーク・カレッジといった文化・教養施設を中心に、ジャマイカ復興に向けた活動が見られるようになり、またエスニック色豊かなファーマーズ・マーケットができるなど、新しい活力となる要素が見え始めた。地下鉄E、F、J、Zラインでマンハッタンまでは約30分。
Kew Gardens
キュー・ガーデンズは、フォレスト・パークとメイプル・グローブ墓地の間、フラッシング・メドウズ・コロナ・パークの南に位置する、イギリス田園地方のような雰囲気を持つエリア。Richmond Hillゴルフ・クラブの跡地であり、1909年のゴルフコース閉鎖と同時に高級住宅地の造成が始まった。その当時に造られた、大きな邸宅と曲がりくねった道は、後に建設された高層ビル群と共に今も残っている。また、エリア名の通り、庭のある家やアパートが多いのも特徴。メインストリートには可愛らしいカフェやマーケット等がある。地下鉄E、Fラインでマンハッタンまでは約30分。
Little Neck
クイーンズの北東に位置するリトル・ネックは、19世紀建築の古風な趣と、海岸付近の景観が特徴である。このエリアの住宅は19世紀の農場家屋を改造したものから、現代風タウンハウスまでさまざまである。アパートについては、6階建てのレンガ造りでエレベーター、ドアマン、ガレージ付のものがほとんどであるが、数は少ない。住人はイタリア、韓国、スペイン、ラテンアメリカ系、アフリカ系アメリカン等、さまざまである。Northern Boulevardにはショッピング・スポットや娯楽施設、生活必需品、レストラン、パブなどが並んでいる。ロングアイランド鉄道でマンハッタンまで約40分。
Long Island City
イースト・リバーに面するロングアイランド・シティーからは、マンハッタンのスカイラインを眺めることができる。アーティスト達を中心に、控えめな家賃と広いスペースを求めて移住する人口が増えているが、居住エリアとしては発展途上である。最低限の食料品店やコインランドリーを除いて、ショッピング・スポットは少なく、アーティスティックなカフェ等もない。建物はせいぜい6階建てである(50階建てのシティバンクビルを除く)。ロングアイランド・シティーの見どころは、イサム・ノグチ庭園美術館、ソクラテス彫刻公園等の他、2002年6月から2004年までの間、近代美術館が改築工事のために、ロングアイランド・シティーのホッチキス工場を改築した建物で展示を行っている。地下鉄7、E、F、Gラインでマンハッタンまでは約15分。
Ridgewood
ブルックリンとの境に位置するリッジウッドには様々な民族が住んでいるが、特に、リトルイタリーよりもイタリア語を話す人口が多いといわれている。 Fresh Pond RoadやMyrtle Avenueにはショッピング・スポットやレストラン、映画館等が並んでいるが、大通を少しそれると、低所得者向け公営住宅や荒廃したビルが目立ってくる。このエリアの住宅は2階・3階建てのレンガの家が多く、交通の便があまりよくないため、家賃は安い。地下鉄Mラインでマンハッタンまでは約30分。
Sunnyside
サニーサイドはクイーンズの北西の端に位置し、Brooklyn-Queens Expresswayがエリアを横切るように走っている。倉庫や工場、墓地などが点在するエリアであるが、“Sunnyside Gardens development(家やアパートと、庭園や裏庭等のちょっとしたスペースを計画的に配置するプロジェクト)”などにより住みやすい環境となっている。住人はアイルランド、韓国、インド、中国、ドミニカ共和国、コロンビア、エクアドル、メキシコ、イタリア、アルメニア等さまざまで、各国料理のレストランが数多くある。住宅も戦後築、6階建てアパート、2階・3階建てのレンガ造りの家、1900年代築の木骨住宅等、さまざまである。地下鉄7ラインでマンハッタンまで約20分。
Woodhaven
Woodhavenはフォレスト・パークの南に位置するこじんまりとした、古きよきアメリカの雰囲気を持つエリア。19世紀に競馬場があった時には多くの観客がこの地域を訪れ、Woodhavenの都市化計画が進められたが、1837年に景気後退期に入ったため頓挫した。このエリアの住宅はテラスハウスがほとんど。メインストリートのジャマイカ・アベニューのショッピング・エリアは充実しており、生活必需品は全てまかなえる。地下鉄J、Zラインでマンハッタンまで約1時間。
Woodside
クイーンズの北西寄りに位置するウッドサイドは、大きなアイリッシュ・コミュニティがある他、コロンビア、韓国、中国、エクアドル等、あらゆる国からの移民がそれぞれの文化を持ち込み、独特の雰囲気を作り出している。ルーズベルト・アベニューやウッドサイド・アベニューには大手スーパーマーケットやドラッグストア、専門食料品店、家庭雑貨・電化製品店、ブティックなどが並び、あらゆるショッピング・ニーズに対応する。住宅は木骨住宅、戦前築および戦後築アパート・コンプレックスなどが多く、クイーンズの他エリアに比べると家賃はまずまずなため、マンハッタンやブルックリンから移り住む人が増えている。地下鉄7ラインまたはロングアイランド鉄道でマンハッタンまで約20分。
BROOKLYN
Bay Ridge
65th Stから101st Stまでの、Western ShoreとFort Hamilton Parkwayの間に位置するベイ・リッジは、ブルックリン中で最も眺めの良い地区といわれている。メインストリートはThird AvenueとFifth Avenueで、スーパーやレストラン、ブティックなどが並ぶ。住宅は、メインストリートの店舗上階の階段ビル(エレベーターなし)は比較的家賃が手ごろ。住宅街にはエレベーター付の高級アパートもある。住人の大部分は白人。治安は比較的よく、閑静な地域だが、車上狙いなどには十分な注意が必要。地下鉄NとRラインでマンハッタンまで約50分。
Bedford-Stuyvesant
南北はAtlantic AvenueとFlushing Avenue、東西はBushwick AvenueとBedford Avenueに囲まれたブルックリン北部のエリア。住人の9割がアフリカ系アメリカン。19世紀半ばまではアフリカ系アメリカン、アイルランド系、ドイツ系、ユダヤ系、スコットランド系、オランダ系移民など、様々な人種が住んでいたが、1940年代に海軍兵器製造工場の拡大によって労働者層が街に定着し、白人が流出、不況とあいまって街はスラム化した。現在、スタイバソン・ハイツの住宅修復が進行中。美しい街路樹が魅力的な街ではあるが、治安は安定していない。地下鉄A、C、G、M、Jラインでダウンタウンまで約20分、ミッドタウンまで約30分。
Bensonhurst
65th Stから86th Stまでの、14th Avenueと、Avenue PとStillwell Avenueの交差点の間。このエリアにはイタリア系アメリカ人が代々住んでおり、独特のアクセントのある英語を話す人が多い。最近はポーランド、ロシア、ギリシャ、イスラエルからの移民も増えている。高層アパートは少なく、玄関前に階段のついた(または玄関ポーチのある)テラスハウス等が多く、街並みは街路樹がきれい。地下鉄B、M、Nラインでマンハッタンまで約1時間。
Boerum Hill
19世紀後半の著名な入植農民サイモン・ボエーラムの名前をとって名づけられたボエーラム・ヒルは、禁酒法時代にもぐり酒場のメッカであったが、現在は閑静な住宅街。東西6ブロック、南北に8ブロックの小さなエリアで、主な通りはSchermerhorn St、Wyckoff St、Smith St、Warren St, Court St、St. Mark’s Place、4th Avenue。住人が歴史的建造物の保存を積極的に推進しており、さまざまな様式の建物が並ぶ。住宅はブルックリン・ハイツと同様の優雅なブラウンストーンやテラスハウスが多い。小さな公園や庭園が点在し、State St周辺は、2年連続“ブルックリンで最も緑の多い街区コンテスト”で優勝した。地下鉄A、C、F、M、N、R、Q、W、2、3、4、5でダウンタウンまで約20分、ミッドタウンまでは約30分。
Borough Park
ボロー・パークはFort Hamilton Parkway、18th Avenue、18th St、New Utrecht Avenueに囲まれたエリアで、敬虔派および正統派ユダヤ教徒のコミュニティ。1910年頃に過密したロウワー・イーストサイドからロシア系ユダヤ教徒が流入したのがボロー・パークの起こりで、現在も30以上の宗派、300ものユダヤ教会がある。土曜日にはほとんどの住人が家でお祈りをするため、街はゴーストタウンのように静まりかえる。住宅は低層のものがほとんどだが、ビクトリア朝風様式やチューダー様式の大きな家から近代的なものまで、バラエティに富んでいる。コミュニティ意識が強く、治安は非常によい。地下鉄B、F、M、Nラインでマンハッタンまで約1時間。
Brighton Beach
コニー・アイランドとマンハッタン・ビーチの間に位置するブライトン・ビーチは、Ocean Parkway、West End Avenue、Belt Parkwayに囲まれるエリア。住人の8割近くは旧ソビエトからの移住者で、キリル文字の看板がいたるところに見られる。一角ごとに新鮮な果物と野菜を売る露店が出ている。ブライトン・ビーチ・アベニューと海岸の間には美しいPrewar(戦前築)のアパートがたくさんあり、中には新しいCo-opもある。海岸沿いには高層ビルも見られる。地下鉄D、F、Qラインでダウンタウンまでは約50分、ミッドタウンまでは約1時間。
Brooklyn Heights
ブルックリン・ハイツは、Fulton St、Atlantic Avenue、Court Stとイースト・リバーに囲まれたブルックリン最大の商業地区であり、かつ高級住宅街。イースト・リバー沿いから見るマンハッタンのスカイラインは壮観。このエリアの住宅はブラウンストーン、テラスハウス、中規模コンドミニアムが多く、家賃は高め。手ごろな物件を探すのであれば、ベースメントや店舗上階の階段アパート(エレベーターなし)などが狙い目。地下鉄A、G、F、N、R、2、3、4、5でダウンタウンまで約5分、ミッドタウンまで約15分。
Bushwick
クイーンズとの境に位置するBushwickは、ブルックリンの中で最も開発が遅れているエリアの1つ。住民の約半数は貧困所得ライン以下。住宅や公園建設などによる開発計画はあるものの、進行度合いは今ひとつ、治安の改善も著しく遅れている。地下鉄L、Mラインでマンハッタンまで約40分。
Canarsie
Ditmas Avenue、Belt Parkway、Ralph Avenue、E. 108th Stに囲まれたエリア。19世紀終わり頃までは、ドイツ移民がのんびりと漁業(主にオイスター漁)で生計を立てていた。1907年にゴールデン・シティ・アミューズメント・パークがオープンし、ニューヨークエリアからの観光客が押し寄せるようになり、さらに1920年代にはもぐり酒場が数多く出現したため、街は賑わいを見せたが、大恐慌を境に街の景気は下降線をたどった。オイスターが獲れなくなり、アミューズメント・パークが1939年に焼失し、華々しい一時代はついに終焉をむかえた。その後1950年代に造成業者が低層住宅を建てはじめると、ベビーブーム世代の家族が住み着くようになった。現存の住宅はほとんどその当時の物であり、住人は同じような庭付きの1950年代築のレンガ造りの家で、のんびりとした郊外生活を楽しんでいる。地下鉄はLが中心部を通っているが、通常は家から駅までは距離があるため、車は必需品。マンハッタンまで約1時間。
Carroll Gardens
キャロル・ガーデンズはもともとレッド・フックの一部であったが、地下鉄の路線拡大により独立した地区となった。その名の通り、庭園や公園がたくさんあり、ピクニックやスポーツを楽しめるスポットになっている。もとはイタリア系移民の街で、イタリアン・レストランが数多く残っているが、1980年代から 1990年代にかけて、企業や飲食店などが進出し、マンハッタンから多くの人が移り住み、古風な雰囲気と新しいトレンドがほどよくミックスし、ユニークな街に変身した。街の雰囲気はフレンドリーで、新参者もなじみやすい。交通の便がよく、レストラン、バーなども今後ますます増えることが予想されるため、家賃も上昇傾向にある。地下鉄F、Gラインでミッドタウンまで約25分、ダウンタウンまで約15分。
Cobble Hill
Atlantic Avenue、Court St、Degraw St、Hicks Stに囲まれた、玉石(cobble)敷きの道とブラウンストーンやタウンハウスのコントラストが美しい街。住人は中級または中の上クラス、イタリアや中東の移民も多い。アトランティック・アベニューにはアンティークや家具の店、中東料理のレストランや露店がたくさんある。また、書店やレストランなどの新しい店舗も増えてきている。1870年代に立てられた美しいアパートやテラスハウスが豊富にあり、家賃は安く、治安もよい。地下鉄N、R、2、3、4ラインでダウンタウンまでは約20分、ミッドタウンまで約30分。
Coney Island
W. 37th St、Ocean Parkway、Coney Island Creek、Belt Parkwayに囲まれたエリア。1824年にビーチリゾート地として開発された。1880年代終わりにローラー・コースターで有名な遊園地ができ、多くの人が訪れたが、現在では高齢者と低所得者が多く住む、経済的に恵まれない地区である。犯罪発生率も高い。地下鉄B、D、Fラインでダウンタウンまで約50分、ミッドタウンまでは約1時間。
Crown Heights
南北をEmpire BoulevardとPark Place、東西をRutland & Sutter AvenuesとProspect Parkに囲まれたエリア。十数年前はカリブ系住人とユダヤ系住人との間の抗争が取り沙汰されたが、最近では人種間の緊張は緩和されてきている。カリブ系、ユダヤ系に加えて、西インド諸島からの移民が多く、住宅は前庭付きの低層のアパートやテラスハウスが多い。地下鉄2、3、4、5ラインでマンハッタンまで約30分。
DUMBO
ダンボは“Down Under the Manhattan Bridge Overpass”の略で、Jay StとMain St、East RiverとBrooklyn Queens Expresswayに囲まれるエリア。19世紀にはマンハッタンからのフェリーの発着所であったが、ブルックリン・ブリッジ完成後にフェリーが廃止されてからは活気を失った。1970年代に芸術家たちがこのエリアのロフトに移り住むようになり、再び注目を集めるようになった。玉石敷きの道や古い線路、住居や商業ビルに改造された倉庫などに昔の面影が残っている。地下鉄駅(FトレインのJay Street)からは多少遠いが、部屋の広さ、プライバシーを重視し、クリエイティブな雰囲気が好きな人に人気のエリア。イースト・リバーの景色もすばらしい。ダウンタウンまで約10分、ミッドタウンまで約20分。
Dyker Heights
7thから14th Avenue、65th Stからビーチまでのエリア。18世紀はじめ、Dutch Van Dyke兄弟がこのエリアを周囲の湿地から隔離し、居住地として開拓したことから、彼らの名前にちなんでDyker Heightsと名づけられた。住人の多くは労働者層で、人種はイタリア系アメリカ人が一番多いが、ロシア系、中国系、中東系も増えている。コミュニティが緊密なことから、代々この地に住むファミリーが多い。住居は車庫・庭つきの2階建ての一軒家が最も多く、クリスマスシーズンにはイルミネーションがきれいなことでも有名。エリアにはゴルフコースやビーチ・パークがある。地下鉄が通っていないため、車は必需品。
East New York
クイーンズとの南の境に位置するイースト・ニューヨークは、長い間、犯罪の温床であった。1970年代以降、市と州がそれぞれ開発地区に指定し、土地の購入や税額控除などによって事業を誘致しているが、効果が出るにはまだ時間がかかりそうである。地下鉄L、3ラインでマンハッタンまで約1時間。
Flatbush
Flatbush Avenue、Empire Boulevard、Ralph Avenue、Avenue Jに囲まれた、プロスペクト・パークの東のエリア。もともとはユダヤ系アメリカ人のコミュニティであったが、現在はカリブ系、アジア系、中央アメリカ系、ロシア系など様々な人種が暮らしている。建物もビクトリア朝風タウンハウス、モザイク仕上げの邸宅、アール・デコ調のビル、オランダ様式の家屋、レンガのバンガロー等々が混在している。地下鉄2、5ラインがこのエリアを通っているが、たいていは駅から家までかなり距離があるため、バスを利用する人が多い。ダウンタウンまで約40分、ミッドタウンまでは約50分。
Flatlands
Flatlands Avenue、Paedergat Basin、Avenue U、Flatbush Avenueに囲まれたエリア。オランダ移民が湿地と川地を開墾したエリアで、第二次世界大戦後は新しい建物はほとんど建っていない。住宅のほとんどが一世帯用の一軒家。地下鉄はA、C、3がこの地域を通っているが、たいていは駅から家までかなり距離があるため、バスを利用するか、もしくは車通勤。マリン・パークや、バードウォッチングやハイキングなどが楽しめるゲートウェイ・ナショナル・アーバン・レクリエーション・エリアがある。
Fort Greene
Willoughby & Greene Avenue、South Elliott Place、Vanderbilt Avenueに囲まれたフォート・グリーンは、アフリカ系アメリカンのコミュニティのうちで最も古いものの1つであるが、現在はさまざまな人種が住んでいる。住宅は改装済みのブラウンストーンが多い。30エーカーのフォート・グリーン・パークは市のランドマークの1つ。また、プラット・インスティテュート(美術学校)やブルックリーン・アカデミー・オブ・ミュージック(BAM)など、教育・文化施設も充実している。ブランフォード&ウィントン・マルサリス兄弟、カサンドラ・ウィルソン、ウェズリー・スナイプス、スパイク・リーらはフォート・グリーンの出身。スパイク・リーのプロダクション・カンパニーやグッズショップは、新進気鋭デザイナーのブティックと軒を並べている。文化的コミュニティ・スピリットが高いが、家賃はマンハッタンほど高くないため、アーティストやミュージシャン、学生、社会人など、あらゆる人々に人気。地下鉄Gから乗り継いでダウンタウンまで約15分、ミッドタウンまで約25分。
Greenpoint
グリーンポイントはブルックリンとクイーンズの境界に位置し、Newtown Creek、 Brooklyn-Queens Expressway、East Riverに囲まれたエリア。かつては農地であったが、19世紀には造船業と製油業が発達した。住人はポーランド系が最も多く、加えてイタリア系、ロシア系、ラテンアメリカ系など多岐にわたる。住宅は、アルミ壁板のテラスハウスが多いが、歴史的建造物保存区域には戦前築のブラウンストーンの住宅も見られる。住宅地は分散しているが、優良住宅はイースト・リバー寄りのGreenpoint AvenueからGreen St.までに多い。最近は、南のウィリアムズバーグから移住してくるアーティストや学生が増えてきたため、家賃は上昇傾向にあり、それに伴い、クイーンズへの移住を余儀なくされるポーランド系の住人が増えている。映画“スリーパーズ”、“マーシャル・ロー(原題はThe Siege)”、“フェイク(原題はDonnie Brasco)”はグリーンポイントで撮影された。地下鉄Gから乗り継いでミッドタウンまで約25分、ダウンタウンまで約35分。
Manhattan Beach
マンハッタン・ビーチはブルックリン南部に突き出た半島の東端に位置する。ブライトン・ビーチやコニー・アイランド同様、かつては海岸の避暑地であったが、ブームが去った後は、現在のような閑静な住宅地におさまった。住人の大多数はロシア系。商業施設は少なく、自然が残る。住宅は一世帯住宅が多く、アパートの建設はWest End Avenueに限られている。地下鉄Qラインでマンハッタンまで約1時間。
Midwood
ミッドウッドは、Flatbushとプロスペクト・パークの間に位置し、様々な店舗や深夜営業のレストランなどが並ぶ商店街と、玄関ポーチ付きの大きなビクトリア調の家や戦前築のアパートが並ぶ閑静な住宅街が混在する地域。アパートの間取りは広めで、家賃は比較的リーズナブル。住人はロシア系、ラテンアメリカ系、ユダヤ系、中東系が多い。地下鉄D、F、Qラインでマンハッタンまでは約30分。
Ocean Hill
1960年代の市民権運動の中心となったオーシャン・ヒルは、Bedford-Stuyvesantの東、Bushwickの南、East New Yorkの西に位置するエリア。もともとはユダヤ人が多く住んでいたが、現在はアフリカ系アメリカン、ラテンアメリカ系が多く住んでいる。緑や公園が多く、縄跳びや自転車で遊ぶ子供たちや、家の玄関先に座って話をする母親たちを見かけることも少なくない。住宅は低所得者層向けアパートやテラスハウス等が多く、家賃はかなり控えめ。治安はそれほど悪くないが、夜間の一人歩きは避けたほうがよい。地下鉄3、A、Cラインでマンハッタンまでは約50分。
Park Slope
プロスペクト・パークやブルックリン美術館の西側に位置するパーク・スロープは、その環境のよさから大変人気のある地区である。スーパーマーケットや書店、ヴィレッジにあるような喫茶店やトレンディなブティックが並ぶSeventh Avenueを超えると、庭付きのタウンハウスが並ぶ住宅街が現れる。住人は白人が多い。家賃は比較的高め。近年、Lesbian Herstory Archesがパーク・スロープに移転してきたため、レズビアン人口が増加したといわれる。地下鉄F、D、Qでマンハッタンまでは約20分。
Prospect Heights
プロスペクト・ハイツはブルックリン植物園の北東に位置する、街路樹と19世紀のブラウンストーンの住宅が美しい、こじんまりとしたエリア。ブルックリン美術館、ブルックリン図書館も近い。19世紀終盤に栄えたが、景気の後退とともに荒廃し、1960年代にはキング牧師暗殺に対する暴動が起こった。 1980年代終わり頃から再び人気が出始め、建物の修復が進み、“中の上”クラスのヤッピー達が多数流入したことから、家賃は急激に上昇した。地下鉄2、3、B、Qラインでマンハッタンまで約20分。
Red Hook
レッド・フックはキャロル・ガーデンに隣接する、ニューヨーク湾に突出する半島である。1636年にオランダ人が入植してすぐに港が栄え、職を求めるヨーロッパからの移民であふれるようになった。しかし20世紀半ばのGowanus Expresswayの高架化とバッテリー・トンネルの開通を境に、荒廃の一途をたどった。1970年代には、芸術家たちが安いアトリエを求めて移り住み始めたが、交通の便が悪く、再開発は進んでいない。特に海岸沿いは荒地のままである。主な交通手段はバスで、ダウンタウンまでは約10分、ミッドタウンまでは約20分。
Sheepshead Bay
Sheepshead Bayはブライトン・ビーチのすぐ東、大西洋に面するエリア。1870年代にマンハッタンの富裕層が移住し、競馬ビジネスを始めた。20世紀に競馬が違法になった後は、カー・レース場“Sheepshead Speedway”として営業を始めたが振るわず、1919年には住宅地として再開発された。1950年代にBeltway Parkwayが開通してからは、ミドル・クラス世帯がコンスタントに住み着くようになった。桟橋付近では30ドル程度でフィッシング・ボートやヨット等を借りることができ、また屋台や素朴なレストランでシーフードを楽しむことができる。近年このエリアに移り住む人々が増えつつあり、家賃は上昇傾向にある。地下鉄B、Qラインでマンハッタンまで約50分。
Sunset Park
サンセット・パークは、19世紀にアイルランド系の移民が入植し、1880年代にはポーランドからの移民がThird Avenueから20丁目の辺りに定住し、そのすぐ後にはスカンジナビアからの移民が45丁目から60丁目の“リトル・ノルウェイ”と呼ばれる地域にコミュニティを形成した。第二次世界大戦以後はプエルトリコ人がこの地に移り住み、1980年代には中国系移民が大勢到着し、チャイナタウンを形成した。このエリアの住宅は、テラスハウスや戦前築のアパート、低所得者向け住宅等が主で、家賃は控えめ。エリア名の由来である“サンセット・パーク”は、25エーカーの芝の公園で、バレーボール・コートやハンドボール・コートなどがある。地下鉄N、Rラインでマンハッタンまで約30分。
Williamsburg
ウィリアムズバーグはウィリアムズバーグ・ブリッジのたもとに位置し、西はイースト・リバー、東側はクイーンズとの境に面する。19世紀半ばには農場が多くあったが、1825年にエリー運河が開通してからは港が栄え、湾岸労働者が多く住むようになった。1930年代にはナチスの迫害を逃れてきたユダヤ系移民が多く住んでいたことでも知られる。1954年にBrooklyn-Queens Expresswayがエリアの中心を横切る形になった際、多くの世帯が退去を余儀なくされ、街は廃れたが、1980年代にはアーティスト達がロフトをアトリエ兼住居に改造して住み始め、レストラン、クラブ、カフェ、ギャラリー、古着屋などがひっきりなしにオープンするようになった。それにより人気は再び上昇し、家賃も高騰した。ニューヨークで一番有名なステーキハウスがある。地下鉄L、Gラインでマンハッタンまで約10分。
Windsor Terrace
ウィンザー・テラスはプロスペクト・パークとグリーンウッド墓地の間の住宅地。近隣のパーク・スロープ等の家賃の高騰により、移り住んでくる人が増えたが、代々住んでいる世帯も多く、子供達が昔ながらの遊び(ハンドボールや石蹴り)をしたり、歩道にチョークで落書きをしている姿が見られる。庭付のレンガ造りの戸建が多く、Condoでも庭や子供の遊び場のあるものが多く見られる。地下鉄Fラインでマンハッタンまで約30分。
BRONX
East Tremont
183rd St、East Tremont Avenue、3rd Avenue、Southern Boulevardに囲まれたエリア。緊密なラテン・コミュニティが確立されているため、他のエスニックにはなじみにくい感があるが、ブロンクス動物園、ブロンクス・パークに近い環境が徐々に人気を呼んでおり、また数件のCo-opの建築が進行中であることなどから、このエリアが今後どのように発展するか、興味深いところである。夜間の一人歩きは避けたほうがよい。地下鉄2、5ラインでミッドタウンまで約45分、ダウンタウンまでは約1時間。
Highbridge
Cross Bronx Expressway、Webster Avenue、E. 149th St、Harlem Riverに囲まれたエリア。ブロンクスの中では比較的安全で、家賃もまずまず。ヤンキー・スタジアムやブロンクス美術館が近く、北部からはジョージ・ワシントン・ブリッジを眺めることができる。メインストリートのグランド・コンコース付近を中心に、手入れの行き届いたアパートやタウンハウス、ブラウンストーン等が数多くある。住人は主にラテンアメリカ系とアフリカ系アメリカン。地下鉄4ラインでミッドタウンまで約40分、ダウンタウンまで約50分。
Hunts Point
イースト・リバーに突き出た小さな半島。子供および大人のぜんそくや識字率の低さなど、多くの問題をかかえている。治安もあまり良くなく、空き家が多いため、家賃は非常に安い。地下鉄2、5、6ラインでミッドタウンまで約30分、ダウンタウンまでは約40分。
Kingsbridge Heights
ブロードウェイ、Marble Hill、Spuyten Duyvilに囲まれ、Westchester Countyとの境に位置する、安全かつ閑静なエリア。住宅はチューダー様式やアン王朝様式風の住宅や、アールデコ調の高層アパートなど様々で、家賃は隣のリバーデールよりも控えめ。住人はラテンアメリカ系が多いが、他にも白人、アフリカ系アメリカン、アジア系など多岐にわたる。コミュニティ・グループが地域の美観を保つよう活発に活動している。地下鉄1、4、9ラインでミッドタウンまで約50分、ダウンタウンまで約1時間。
Morrisania
163rd St、Prospect Avenue、Claremont Parkway、3rd Avenueに囲まれたエリア。住人はアフリカ系アメリカンとラテンアメリカ系がほとんど。住居は主にCo-opとブラウンストーンで、家賃はかなり安い。住宅地は比較的安全だが、夜間の大通り付近は注意が必要。近くにCrotona Parkやブロンクス動物園がある。地下鉄2、5、6ラインでミッドタウンまで約40分、ダウンタウンまで約50分。
Mott Haven
東西はイースト・リバーからハーレム・リバーまで、北は145th Stまでのエリア。住人は7割がラテンアメリカ系、3割がアフリカ系アメリカン。発砲事件などが報じられることもあり、治安は改善を要する。居住物件は状態の良くないものが多く、家賃は安い。地下鉄2、5、6ラインでミッドタウンまで約30分、ダウンタウンまで約45分。
Riverdale
ハドソン・リバー、ブロンクス・リバー、ブロードウェイ、263rd Stに囲まれたエリア。リバーデールはさらに4つの地区に分かれており、そのうちのFieldston地区はFieldston Property Owners Associationが管理するプライベート居住区域であり、優秀な私立校を数校擁し、ニューヨーク市で最も裕福な地区の1つに数えられている。リバーデールの住宅は、豪壮な大邸宅、エレガントな中級所得者層向け住宅、高層アパート、低所得者住宅など、バラエティに富んでいる。特に239th Stから254th Stあたりには、多くのCo-opやCondoが並ぶ。住人は白人が多く、犯罪発生率は極めて低い。地下鉄1、9ラインでミッドタウンまで約1時間。
University Heights
183rd St、190th St、Grand Concourse、ハーレム・リバーに囲まれるエリア。かつてNYUのサテライト・キャンパスがあったことから、ユニバーシティ・ハイツと呼ばれるようになった。住人はアフリカ系アメリカンとラテンアメリカ系が半々。家賃は比較的安く、交通の便もまずまず。しかし治安はあまり良くなく、近くのラガーディア空港の騒音もマイナスポイント。地下鉄4ラインでミッドタウンまで約50分、ダウンタウンまで約1時間。